大分県竹田市の石橋
各種記念切符の中には石橋その物をテーマにした入場券、または石橋の写真が使用されている切符などがこれまで
発売されているようですが、その数は全く把握できません。それでも何とか入手出来た記念切符をここに紹介いたします。


発売日:昭和55年(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

通潤(つうじゅん)橋■ 熊本県山都町 (旧)上益城郡矢部町大字長原 国指定重要文化財  指定:S35.2.9
 架橋:慶応7元年(1854)  石工:宇市、丈八(橋本勘五郎)、甚平、他。 長:75.6 幅:6.3 高:20.2 径間:27.5 拱矢:14.4m

日本が世界に誇れる石橋の代表ともいえるこの通潤橋は四季を通じて色んな顔を覗かせてくれます。



発売日:昭和55年(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

■御船川(みふねがわ)橋■(昭和63年流失)熊本県上益城郡御船町 
架橋:嘉永元年(1848) 石工:卯助兄弟
裏(オンマウス時)の説明にもあるように、この記念入場券が出来た年(昭和55年)には現役の目艦橋として
その優雅な姿を観る事が出来たのですが、昭和63年(1988)5月3日午後8時過ぎ、熊本県下を襲った歴史的な集中豪雨によって
無残にも流失してしまいました。もっともこの時の流出は天災と言うより、車社会に対応すべく橋の両側を高く積み上げ水平に
した事や河川改修による水の流れが架橋当時と大きく変ってしまった事などが原因と考えられるようになっています。
流出した時の石材の一部は大切に保管されているため、今後復元される事を願っております。


発売日:昭和55年2月8日(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

大坪橋(おおつぼ)■(昭和58年移設) 山鹿市鍋田 山鹿私立博物館施設内 架橋:慶応元年(1865)
この石橋は通潤橋(矢部)と同じく橋の上面に水路を通した水路橋で、西上町吉田川に架設されたこの橋は
水不足に苦しんでいた中村地区に寺島井手の用水を引き込み、田畑のかんがい用として昭和28年(1953)
まで活躍していました。この切符が発売された昭和55年2月時点では、辛うじて吉田川に架かっていましたが、
その後吉田川河川改修工事により、昭和58年に山鹿市立博物館敷地に移設されました。
           


発売日:昭和55年2月8日(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

立門橋(たてかど)■菊池市立門 架橋:万延元年(1860)
菊池スカイラインを阿蘓方面へ進み、水の駅を過ぎたら上津江方面に左折するとすぐにこの立門橋が現れる。
「立門」と書かれた文字が特長です。


発売日:昭和55年4月8日(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

赤松第一号眼鏡橋(あかまつだいいちごう)■ 二見赤松町 架橋年:不明  
大平眼鏡橋から3号線を熊本市方面へ少し走ると左側に「赤松第一号眼鏡橋」の看板が出ています。
そこから旧薩摩街道に入り100mも走らないうちに橋への降り口があります。この橋は二見地区の石橋
の中でも特に保存状態が良く、周りの景観にも見事に溶け込んでいます。


発売日:昭和55年4月8日(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

重磐岩眼鏡橋(ちょうはんがん)■ 芦北郡津奈木町岩城  架橋:嘉永2年(1849) 
石工「三平」は「岩永三五郎」と共に島津藩に呼ばれ、数多くの石橋を手がけましたが島津藩による暗殺計画を知り、
必死の思いで逃げ延び、津奈木の山中で地元の人に助けられたそうです。その恩に報いる為に、自分の持つ全ての
技術を注いでこの橋を完成させたといわれています。重磐岩眼鏡橋とは、云わずと知れた巨岩「重磐岩」にちなんで
付けられた橋名です。


(見本) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます。

岩本(いわもと)橋■ 熊本県荒尾市上井出字岩本 架橋年:文久3年(1863)
周辺が公園化される前の写真のようです。現在の河川とは大部様子が違っています。


(見本) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます。

豊岡(とよおか)橋■植木町豊岡 架橋年:享和2年(1802)
まだ現役として使われていた当時の貴重な写真が使われています。



発売日:昭和55年8月8日(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

明十橋(めいじゅう)   熊本市新町  架橋:明治10年(1877)
明八橋より2つ上流に位置するのがこの明十橋です。レトロな町並みに溶け込んでます。


発売日:昭和55年8月8日(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

高瀬眼鏡橋(たかせ)■ 玉名市高瀬下町  架橋:嘉永元年(1848)
花ショウブの名所として有名なこの場所にも立派なそして珍しい石橋が6基も残っています。その中でもこの高瀬眼鏡橋は
2連の見事な眼鏡橋で、江戸時代に港町として繁栄していたころに、町の玄関のシンボルとして大きな役割を果たしていた
そうです。今では人の往来のみ可能で、これからも玉名市のシンボルとして大切に残されて行くことでしょう。


(見本) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます。

二俣(ふたまた)橋 美里町(旧中央町)小筵 文政5年(1822



(見本) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます。

霊台(れいだい)橋■ 下益城郡美里町(旧砥用町)清水 架橋:弘化4年(1847) 



発売日:昭和59年(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

秋月眼鏡橋(あきづき)■(左上) 福岡県甘木市秋月 架橋:文化七年(1810) 長:17.9、幅:4.6
小京都秋月のシンボル的存在で、現役の石橋としては
唯一御影石(花崗岩)造りの石橋であります。(県指定有形文化財)
左下=三連水車 中央=黒門 右=菊池武光銅像


発売日:昭和55年11月(未使用) オンマウスにて裏面の解説がご覧いただけます

■諫早(いさはや)眼鏡橋■ 国指定重要文化財(昭和33年11月29日)
諫早市宇都町(諫早公園内) 架橋年:天保10年(1839)
 移設復元:解体作業期間 昭和34年2月22日〜同4月29日   移設作業期間昭和35年12月1日〜昭和36年8月31日
 全長:49.25 巾:5.5 高
7.7 アーチ径:18.1(2連)


撮影:川崎次夫  撮影日:昭和38年11月2日
撮影機材:PRIMOFLEX
竣工記念式典当日に撮影された内大臣橋です。

アーチの中央を道路が通る極めて珍しい造りの鉄橋です。
内大臣橋竣工記念絵皿(直径28cm) 
竣工記念式典日:昭和38年(1963)11月2日

矢部町の内大臣橋が架橋された時に、竣工記念として
熊本県営林局が、関係者にのみ記念品として配った大皿です。
内大臣橋(ないだいじん)■ 
上益城郡矢部町  架橋:昭和38年(1963)
形式:鋼アーチ 橋長:199.50m 橋高:88.00m 完成:1963年


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